チェコスロヴァキア演奏旅行
- 第1回チェコスロヴァキア招待演奏旅行
1983年11月 - 第2回チェコスロヴァキア招待演奏旅行
1988年5月 - 第3回チェコ招待演奏旅行
1990年5月 - 1991年CKD来日514鎌倉見物518パーティー525
- 第3回訪チェコ演奏旅行
1990年4月27日~5月6日
わだちCKD演奏会 in チェコ国営テレビ
1990年5月1日~2日 - CKDと石橋ホール1991年 (1991.01_01~02)
- ARIGATO_JAPONSKA 1992年11月
- 第4回チェコ招待演奏旅行
1994年4月30日~5月9日 - 第5回チェコスロヴァキア招待演奏旅行
1996年4月26日~5月4日 - 第6回チェコ招待演奏旅行
2000年4月30日~5月7日 - 第7回チェコ招待演奏旅行
2005年4月~5月 - 第8回チェコ招待演奏旅行
2010年 - 第9回チェコ招待演奏旅行
2015年
第1回チェコスロヴァキア招待演奏旅行
1983年11月
Ⅰ.トゥシェシゥチ
Ⅱ.イィフラバ国際音楽祭
Ⅲ.オストラヴァ
Ⅳ.フリーデク・ミーステク
Ⅴ.プラハ
奇跡のイィフラバ国際音楽祭
何といっても会場の聴衆の、日本では決して味わうことのできない音楽的で強い雰囲気が皆を変えてしまった。歌の前の“わだち”の紹介で聴衆の驚きと期待と、そしてチェコ音楽を愛している異国の合唱団への燃え上がるような感情とがいっぺんにひとつになった。そこへ登場したのが前触れなしの「白樺は坂に」。琴線が触れあうとこんなにも声が変わるものであろうか。私がかつて聴いたことのない生きた声が湧き起こった。その後はもうなんの心配も要らなかった。創造者になったように私の心と意思は、そのまま皆の心と声になった。アンコールが終わってなおかつ拍手を続ける人々の涙と喜びの嵐に真実の証を見た。なにもかもこの世の奇跡のようだった。何が奇跡を生むか、いや奇跡ではなく条件が真に音楽的ならば質の高い本当の感動ある演奏ができることを知った今、この日本での私たちは自らがそうした熱を噴きだし、聴衆を巻き込める発熱体にならねばなるまい。(諸井昭二)

第2回チェコスロヴァキア招待演奏旅行
1988年5月
Ⅰ.プラハ
Ⅱ.オストラヴァ
Ⅲ.ヴルヴノ
Ⅳ.スチェボジツェ
あの最後の演奏会(スチェボジツェ)。およそ拍手というものに、あれほど胸打たれようとは…。歓迎と期待と喜びとが、おしよせてくるような入場の際の拍手、歌い終える曲ごとの熱い拍手、ため息の後のいっそう大きな拍手、拍手といっしょの涙や笑顔。私たちは、歌わせてもらっているのだなと思いました。文化というのは、こうして築かれるのだとも。(永井孝子)









第3回チェコ招待演奏旅行
1990年5月
Ⅰ.ヤヒーモフ
Ⅱ.プラハ
Ⅲ.モスト
Ⅳ.ベネショフ
1991年CKD来日514鎌倉見物518パーティー525
1991年に「「’91東京国際合唱フェスティバル」の中心団体として、CKDプラハ合唱団を招き3回のジョイントコンサートを行った」際の日本での活動の様子。
5月14日は、来日後のホテルにおける打ち合わせの様子。諸井先生、毛利さんとコシュラーさんなどCKDの面々が映っています。5月18日は、鎌倉観光の様子。訪れた先々でCKDとわだちメンバーの喜びに溢れる様子があります。5月25日は、都内のホテルにて開かれた歓迎パーティーの様子。今のわだち現役の若かりし頃が、映っています。この日々を振り返った、諸井先生の文章です。
「日本での初めてのチェコのアマチュア合唱団の来日が実現。滞在は11日間、演奏会はすべて大成功でした。客席を埋めた聴衆は彼らの紡ぎだすチェコの生の声に感動しました。とりわけプログラムの後半の民族衣装でのステージでは、歌いながらの登場と合まってその民族色豊かな演奏に拍手喝采でした。各地での歓迎も心のこもったもので、その度に喜びに涙する彼らの純粋でナイーブな心が溶け合って、美しい友情が交錯しました。(諸井昭二)」
音が再生できませんが、画像をお楽しみください。みなさん、若いです。
下のファイルは、大きいのでファイルとして載せています。ダウンロードしてみてください。
第3回訪チェコ演奏旅行
1990年4月27日~5月6日
わだちCKD演奏会 in チェコ国営テレビ
1990年5月1日~2日
1990年の第3回チェコ招待演奏旅行(4月27日~5月6日)におけるプラハの博物館での合同演奏会(5月1日)の記録で、チェコ国営テレビの番組をコピーしたものです。
チェコ側はCKDの面々やコシュラーさんのみならず、わだちが演奏したルカーシュ(女声のクラバルキー(牛飼いも歌です。羊飼いではありません)の作曲者やエベン(「昔のあいの呪文」の作曲者)の姿もあります。コシュラーさんの長いご挨拶ですが、わだちの訪チェコを喜んでくれている証と思います。
CKDと石橋ホール1991年 (1991.01_01~02)
1991年CKD来日の際の、東京上野の石橋メモリアルホールでのCKD・わだちのコンサートの様子です。
第1ステージがわだち、第2ステージが、CKDのステージ、最後の第3ステージに合同のステージです。さすがに合同ではステージが狭いですね。
ARIGATO_JAPONSKA 1992年11月
チェコ放送局によるフランチシェク・ハーバー女声室内合唱団の初招待旅行の映像です。
1992年 東京国際合唱フェスティバルの中心団体としてお招きし、コンサートや開きました。いろいろな合唱団とのジョイントコンサートなどの様子が映っています。
わだちと合同で、上野学園の石橋メモリアルホールで演奏会を行いました。横浜での演奏会の後では(髪の毛の豊かでひげの)中村先生の映像があります。四国・道後温泉に行った時の様子では新聞のインターヴューの様子もあります。当時はチェコの方でも日本という国が判らなかったらしく、いろいろな文化の映像もあります。
第4回チェコ招待演奏旅行
1994年4月30日~5月9日
5月1日 プラハ城スペインホール演奏会



5月2日 オストラバ・ドヴォジャーク劇場演奏会
5月3日 オストラバ市長表敬訪問



5月4日 オストラバ演奏会 チェコ放送録音
5月6日 プラハ市内家政学校でミニコンサート、
及び、学生によるファッションショー


5月7日 国立劇場でオペラ鑑賞ドヴォジャークの「Jakobin」
当日の指揮者 Z.コシュレル氏の招待による

5月7日 聖ヤン教会
5月8日 ティーン教会でジョイント・コンサート
わだち(Z.ルカ―シュのミサブレビス演奏)
プラハ混声(PSS)
ULFT(オランダ男声合唱団)
5月9日 路面電車(トラム)の貸切りでプラハ市内観光



PSSによる記録動画
第5回チェコスロヴァキア招待演奏旅行
1996年4月26日~5月4日
Ⅰ.プラハ(ヴィノフラディ・マヤコフスキーホール)
Ⅱ.クリムコヴィツェ
Ⅲ.オストラヴァ(アルファホール)
Ⅳ.オパヴァ(シレジア劇場)
Ⅴウヘルスキー・ブロット(コメンスキー博物館)
先週の5日間、私は日本の皆さんと共に「日本」にいるようでした。多くの知人、友人が私のところにやって来て<“わだち”の演奏は素晴らしかった!>と褒めて下さり、私は自分のことのように喜んでいます。ここに、私が聞いた大変興味深いお話をしましょう。クリムコヴィツェでの演奏会を聴いた男性は共同農場で働いていますが、演奏会の翌朝仲間の農夫にこう言ったそうです。<昨夜のコンサートは実に素晴らしかったよ。あんたがもし今晩ALFAで開かれる演奏会に行かないならば、きっと後悔することになるだろうよ>と。それを聞いて彼女はその日の仕事を終えると作業着のままで会場に出掛けたそうです…。
(エヴァ・ミッテネロヴァー)






撮影内容はCKDとの合同演奏会、ズデニェクコシュラー(コシュラーさんのお兄さんで、日本でも幾つかのオーケストラを振っていました。)の墓参、ハーバーさんの女声合唱団、教員合唱団との合同演奏会、宿泊場所・観光など記し始めると切りがありません。
コメンスキー博物館の後のパーティーで酔って「徴兵の歌」を踊りまくって歌ったのを楽しく、良く覚えています。
第6回チェコ招待演奏旅行
2000年4月30日~5月7日
2000年の第6回チェコ演奏旅行(4月30日~5月7日)の記録映像です。記録として良く編集されています。キャプションもはいっており、ナレーションは無くとも、何があったか良くわかる映像です。
まず、行きの工程で、コペンハーゲンからプラハへのフライトがプロペラ機、一度搭乗したのですが何故か降ろされました。待つ間は歌って過ごしました。たしか油漏れだったはずですが、特に代替の飛行機になるのでは無く、修理して乗らされたので、少々不安だったのを思い出しました。
ドヴォジャークのお墓に向かって歌った時(たしかラジオか何かの録音があったはず)は僕は遺体の上に登ってうたったような気がします。
第7回チェコ招待演奏旅行
2005年4月~5月
2005年の第7回チェコ演奏旅行(4月29日~5月7日)の2回の演奏会の記録です。魔女払いのパーティー(魔女を払うと春になるという伝説があり、4月最後の日に焚火をたき春の到来を祝う)やいろいろな事が印象的な演奏旅行でした。
※ ルドルフィヌム・ホール(5月3日)でPSSと合同でオーケストラ演奏による演奏会です。合唱はスメタナ(チェコの歌)、ドヴォジャーク(テ·デウム)を演奏しました。映像にはありませんが、出番前、チェコ人はビール/ワインでリラックスするなど、日本人にはまねの出来ない事でした。
※ズブラスラフ城(5月4日)(2000年の訪チェコでズブラスラフ修道院と紹介されています。)学校公演演奏会の記録です。美しい庭園が印象的でした。演奏では「はるかな友に」でのPSSのネドマのソロが美しく、又、花笠おどりの様子もあります。 ここでもチェコの歌を演奏していますが、ピアノ伴奏は渡辺治子先生です。
第7回訪チェコ演奏曲目一覧
オーケストラ:ZUS Na Popelce(ナ・ポペルツェ芸術学校オーケストラ)
オーケストラ指 揮 :Ladislav Cigler(ラディスラフ シグラー)
指 揮:諸井昭二
ピアノ:渡辺治子
ソプラノ・ソロ:日向野菜生
チェコの合唱作品
B. Smetana B.スメタナ
Ceska Pisen チェスカー・ピーセニュ
A. Dvorak A.ドヴォジャーク
Te Deum テ・デウム(感謝唱)
A.Dovorak(upravil:L.janacek) A.ドヴォジャーク(L.ヤナーチェク編)
z Sest moravskych dvojzpevu 「6つのモラビア二重唱」より
1)Dyby byla kosa nabrosena 大鎌が研ぎ澄まされていたら
2)Slavikovsky polecko maly スラヴィーコフの小さな小屋
3)Holub na javore 楓の木の上の鳩
4)Sipek 野ばら
Napadly pisne v dusi mou 歌、我が心に沁みいり
J.R.Rozkosny J.R.ロスコシュニー
Tak modrojasna nebes ban 限りなく青い空のアーチよ
L.Janacek L.ヤナーチェク
Kacena divoka 野 鴨
Ceske lidove pisne チェコ民謡集より
Prsi,prsi 雨が降る
Roznovske hodiny ロジュノフの時計
Studena rosenka pada 冷たい露が降りる
Mikulecka dedina ミクレツの村
Slovacke verbunky スロヴァーツコの徴兵の歌
Bude vecer 夕暮れが訪れる
Dobru noc おやすみなさい
日本の歌
ふるさと 室生犀星 作詞/磯部 俶 作曲
かや木山 北原白秋 作詞/山田耕作 作曲
秋の日ぐれ 近藤吐愁 作詞/平井康三郎作曲
汽車ポッポ 本居長世 作詞/本居長世 作曲
赤トンボ 三木露風 作詞/山田耕作 作曲
故 郷 高野辰之 作詞/岡野貞一 作曲
花笠踊り (山形県民謡)
遥かな友に 磯部 俶 作詞/磯部 俶 作曲
他
4月29日 (金) 成田発
4月30日 (土) 「魔女払いパーティ」


5月 1日 (日) 聖バルバラ大聖堂他見学
ズブラスラフ小学校

Kutna・Hora(クトゥナ・ホラ)
銀の山で地下鉱脈を有し、中世最も豊かな都市だった。
現在、世界遺産として有名な観光地。
聖パルパラ大聖堂の前にて記念写真
5月 2日 (月) ファッションショー

プラハ市内観光
リハーサル
5月 3日 (火) プラハ城見学
PSS、オーケストラと共演 ルドルフィヌム・ホール



5月 4日 (水) ズブラスラフ市長と懇談
学校公演/演奏会 ズブラスラフ城
5月 5日 (木) チェスキクルムロフ旅行

5月 6日 (金) プラハ発
5月 7日 (土) 成田着
第8回チェコ招待演奏旅行
2010年


第9回チェコ招待演奏旅行
2015年


