保守主義と自由主義

保守主義と自由主義

初期の自由主義について

古典的自由主義という考え方

現代でこそ自由主義という思想についてわだかまりを持っている人はほとんどいないだろう、しかしこれがロックの生きた時代において彼の思想を徹底的に否定した人の数は圧倒的だった。それこそロックという人間が発したこの思想そのものを抹消せんがために動いた人もいたことだろう。それだけ彼の残した自由主義という考え方が広く影響を与えると共に、その思想を人々が享受してしまうことで氾濫がおきかねないとする、恐ろしい状況になりかねないと戦々恐々とした人々も多かったことだろう。それだけ中世の時代においては自由というものは常に選ばれたものだけに与えられたものだとする考え方が、庶民に広がることだけは避けなくてはならないと考えていたということだ。

ヨーロッパでは圧倒的に自由などというものが根付いてはならないとして、多くの反対勢力の弾圧を受けることになったが、それだけ庶民という存在は生まれながらにして帰属である自分達の貴重な労働力である、そのように考えていたのかもしれない。時には王が自分のことしか考えていないがために、自分達の力で王を支えていくという図式を守りたかったのかもしれない。そういう意味では、貴族達の勝手な誹謗中傷によって、稀代の悪女として描かれることもあるマリー・アントワネットという存在もまた、自由主義と言うものが広がりつつあった時代における被害者なのかもしれない。

こうした社会的背景を鑑みながら、当時に誕生した自由主義の事を『古典的自由主義』と表現することが出来る。この主義が現在の自由主義とは異なっている事は概ね理解していると思うが、そちらについても詳しく考察を加えていこう。

最初期における自由主義の理念

現在の自由主義においては個人の自由は認められてはいるものの、そこには社会的公正という秩序が敷かれている事が前提となっている。そうしなければ人同士の争いが絶え間なく生じてしまうからだ。ただ古典的自由主義においてそこまでの事は考えられておらず、とにかく個人の自由というものを尊重するものとして定義されている。その内容としては、自由主義とは常に『自律権』と『財産権』という2つの原理によって構成されており、これらを運用することが出来る社会こそ理想的だとする、そう考えられていた。また古典的自由主義における経済には『束縛されない市場』こそ、人間の経済発展に大いに役立つとする考えられもしていた。今でこそそれが後に大きな問題招くことになるなどの問題も発生することになるのは、自由主義の項目で説明したとおりだが当時は疑う人もほとんどいなかったため、そのまま受け入れられた。

古典的自由主義もヨーロッパにおいては中々普及するに至らなかったが、それでも確実にその根を大地に降ろして人々の自由と尊厳を提供することこそ、社会として必要なことであると考えられるようになった。また、この主義に対して政府を始めとした第三者が介入することも出来ないとされ、これらの権利が個人に寄与されている自然権であり、内在的なものであることを定義している。それが意味するところはかつてアメリカの政治家だった『トマス・ジェファーソン』が語った『不可侵の権利』そのものである、ということだ。

語られている内容としては良い事を言っているように見えるが、自由というものを非常に狭義的な意味合いでしか捉えられていないという風な印象を感じるところでもある。確かに自分達は自由を有しているが、そうした自由を自ら行使するものではなく、他人からの不用意な介入などが生じる事があれば提示するべき権利だと、そのような性質であると述べているようにも思えるところだ。自由なのに余計に自由ではないような気もする古典的自由主義だが、これも当時の時代背景が大きく影響しているのかもしれない。それまで支配されていた人々にいきなり自由という名のプレゼントを提供されても、使い道が分からないということになってしまう。それまでの生活とは違う自分らしく生きるなどと、奴隷として働いていた人からすればいきなり衣住食すべてを自分で調達して生活してください、そんなことを言われて誰が自由を欲するだろうかと、いうところだ。

アメリカにおける古典的自由主義

ヨーロッパにおける自由主義は時間を掛けてゆっくりと、思想の1つとして認められていくことになるがそれに反するようにアメリカにおいては自由主義というものを何の抵抗感なく受け入れられるようになった。先達として上陸したイギリス人たちも、植民地として手に入れたアメリカという広大な土地を見て、これからの自分達の生活の基盤をここで形成していくという事実を胸に大いに高ぶったことだろう。先住民も存在していたが、彼らとも交流を重ねていくようになり、やがては世界最大の超大国として君臨するアメリカという国が創造されていくことになる。

当初はヨーロッパ地方の奴隷のような存在であったが、元々社会そのものが構成されていなかったこともあって、自由というものを重視した社会構造が自然と構築されていくこととなり、現代のアメリカにおける自由という名の信念を徐々に強めていくことになる。それも全てヨーロッパからの確固たる支配されているという事実から、より自由主義は広く浸透して行くこととなった。

そんなアメリカは独立後、自由主義を片手に経済発展を繰り返し行っていくことになるが、とある分岐点によってその思想に変化をきたすことになる。その起因となったのは『産業革命』と『大恐慌』という時代を経ることによって、それまでのアメリカにおける自由主義に内在していた国家に対する考え方を改めるようになった。その時における転換をかの歴史家でもある『アーサー・シュレジンジャー』がこう表現した。

産業構造が複雑化することによって、機会の平等を保障するために、政府による強い介入が求められたとき、伝統的な自由主義とはただドグマという洞窟に捕われているだけではなく、最終目標に忠実であろうとし、国家に対する見方を変えることになる。

こう表現している。ただそれまでに自由主義と言う考え方は他に誕生していた思想たちと比べたらかなり弱い位置に属していたこともあって、意義についての変化をきたすことはその時こそ無かったが、後に世界情勢の影響によって考え方を改めるようになる。

その後古典自由主義という考え方は衰退し、現代式の自由主義へとその意向を転換するようになるが、歴史的観点からすれば古典的自由主義というものがあったからこそ、現在までに続くリベラリズムというものの形が構成されるようになった、ということだけは忘れてはいけない。