保守主義と自由主義

保守主義と自由主義

アメリカの歴史から見る新保守主義

新保守主義の代表的な例

そんな新保守主義という考え方についてもう少し考察していこうと思うとなると例が必要だ、というとここでもやはり代表的な例としてアメリカを取り上げることが出来る。こうしてみるとアメリカが独立してから政治的な面でも何かと論争を呼ぶに呼び続けているという印象を持つことが出来る。そんな中で誕生した新保守主義という思想を持っている人々は、元から保守的な考え方を持っていたわけではなく、元は自由主義をモットーにした左翼的な思考をしている人々が鞍替えしたことによって生み出されたものとなっている。

こう呼びかけているのはそれまでの保守主義者がそう呼びかけているものであり、彼らからすればネオコンと自分たちと同一視される事は心外だ、と取れる一幕でもある。何よりこうした発言をしたのが時の大統領でもある『ジョージ・W・ブッシュ』を始めとしているというのも大きいだろう。だがその意見については少なからず筆者としても賛同できる部分もある。かつての保守主義としての考え方としてはあくまで文化的な部分である伝統などを保全することを最優先にしている一方で、ネオコンの人々の指標がどこを向いているのか定かではないとする見方もすることが出来るからだ。

ネオコンとして活動している人々はかつての意思を曲げて鞍替えした結果、保守主義とは性質の違う保守を唱えたことによって、彼らの考えと保守主義と指定活動してきた自分たちが同一視されるようなことになれば、大変な誤解を生むことになるとアメリカの保守主義者達は危惧したということになる。名称が似ているからという一言で括れるほど、政治思想は簡単ではないのは重々理解しているつもりだが、これがアメリカともなるとややこしくなるのは何故かそこまで驚くようなことでもないだろうと思ってしまうのも不思議なところだ。

そんな保守主義と一時期は対立関係にあるとされてメディアでも揶揄されていた歴史もある、新保守主義という概念はアメリカにおいてどのように見られていたのか、分析してみよう。

アメリカにおける新保守主義者の歴史

性質と、アメリカで新保守主義者がどのように見られているのかについては理解してもらえただろう。構図として現状を見てもらうと分かるように、あまり他の思想家達との関係はよろしくないようにも見えてしまう。そんな新保守主義者と呼ばれる人々がアメリカで活動を始めた時代は、1930年代にまで遡る。この頃反スターリン主義として活動していた左翼派として活動していたレフ・トロツキーの思想を受け継ぐ『トロツキスト』たちであり、彼らの大半はユダヤ人で構成されていた。そしてこの集団は後に『ニューヨークの知識人』などと呼ばれるようになる。このグループの中には当時著名な学者も賛同しているなどかなり色の濃い集団だったことが伺える。

また、ユダヤ人で構成されていたというのも特徴だろう。この頃はまだ戦時下ということもあってユダヤ人に対する見方もアメリカでは非常に排他的な見方を取られていた事がよく窺い知れる。そして個のニューヨーク知識人という集団名も、アメリカの公立大学として最も歴史のあるニューヨーク市立大学シティカレッジに通学していたということから取られているという。ユダヤ人がアメリカで勉学を学ぶ場を与えてくれる大学が存在しているというのもかなり珍しいことで、当時はほとんどの大学でユダヤ人という人種だけで入学試験そのものを受験させてくれないところが多かったという。こうした意味で人種的に自由を謳っているアメリカの自由主義には色々と疑問を感じるところだが、仕方のないところかもしれない。

そうした経緯もあり、その人種を問わず入学した生徒が高度水準の教育を受けることが出来ることから、『プロレタリアのハーヴァード』などと呼ばれていた大学に通っていたグループに入っていた知識人達が先導して新保守主義という体制を作り上げたという。ただそれらすべての知識人が新保守主義としての意向を示したわけではなく、一部の学者などが率先して活動をすることになるなど最初から全ての人間がそんな活動をしていたわけではなかった。

こうした新保守主義として精力的に活動していたのは『マックス・シャハトマン』などはその力を少しずつ増していき、本格的に政治家として活動し始めたのは戦後に入ってのことだった。満を辞して民主党に入り込むと、自身の団体のメンバーを各グループに送り込むなど活動に余念がなかった。このまま勢力図を拡大して行くかと思いきや、その後の顛末としてグループはシャハトマン本人が死亡したことにより空中分解することになる。シャハトマンのこうした活動は最後はどこかうやむやになった部分もあったものの、結果にはユダヤ人たちが現実の政治社会に対して影響力を与えられるだけの道と回路を形成することに成功したと、そう肯定することも出来ると述べられる。

ネオコンを支えるイスラエルの存在

ネオコンとして活動している人々のこうした活発な動き、何も彼らに潤沢な資金を有していた人間がいたわけではない。では精力的に活動することが出来たのは何故かというと、それは彼らの後に暗躍していたイスラエル政策を支持していたアメリカ在住のイスラエル・ロビーを行っていた人々だった。私的に政治活動することをロビー活動する事というが、そんな人々は基本富裕層に位置していることが多く、そしてさらにアメリカの国防と安全保障に深く関係しているという蜜月な関係もあったことから、惜しみない援助をすることが出来た。

何故そのような人々がそういった支援をすることになったのかというと、それもまた歴史における事実によって有権者の心が共産党へと移行したことに大きい。ユダヤ人は歴史において酷い迫害を受けていたことは誰でも知っている、そうした背景があるために基本民主党支持とする自由というものに固執している人が多かったが、かつての大統領でもあった『ビル・クリントン』が推し進めた中東に対する政策に反発するように、新保守主義者も活動がしやすくなったという。特にブッシュ政権時に起きた同時多発テロ事件後においては、強硬政策時にはネオコンはもちろんそれらを支援する人々が参入するなど推し乱れた展開が行われていたというのだ。

事実として知らなかった場合には、この一連の流れに対してどのように感じるかも人によっては代わってくるかもしれない。