保守主義と自由主義

保守主義と自由主義

新保守主義がもたらした歴史の一幕

ネオコンを取り巻く環境

新保守主義がこれまでにはないような考え方でありながらも、その力は確かに現在のアメリカ政策に対して大きな影響力を持っている事は間違いない。しかしそうした新保守主義、ネオコンと呼ばれる人々の思想が全てにおいて良い結果を生み出すわけではない。当然だがネオコンとして活動している人間にも思惑というものは存在している反面、協力している人間側にもそれなりに自分たちにとっての利を求めていることだ。これはどんなときにおいても必ず生じるものだと見ていいだろう、損得関係なく人間に力を貸し与えるという事実はほとんど存在しないと見て良いだろう。特に政治のように駆け引きを重要とする世界においてはなおのこと、相手の思惑を把握しないままで手の平で踊らされているような状態でいたら、いつ寝首をかかれるか分かったモノではないからだ。

人間同士の繋がりというものを意識したら仕方のない部分なのかもしれないが、その利害関係が成り立たないという例は何も第三者だけではなく、味方同士においても十分ありえる。これはアメリカにおける保守という立場を貫いている組織や個人といった部分でも、それが等しく当てはまる。中でも新保守主義者は伝統を重んじる保守主義と自由主義といった二つの勢力と対立する事が頻繁に起こっているからだ。ただその対峙も何かと起こるわけではなく、あくまで議論すべき物事に対してどちらにとっても利害関係を汲めば損をすることもなければ、得をするかもしれないという可能性があるからだ。

そのため、案件によっては同意を得られることもあるかもしれないが、その際によほどアメリカという国を慮った際に看過する事の出来ないような行動を引き起こした場合には、深刻といえる政治的対立を生み出してしまうこともある。ネオコンと呼ばれる人々の環境があまり穏やかなモノではないものの、こうした問題を引き起こしてしまっている原因としては保守主義という団体に共通している思想の分離が大きな影響をもたらしているかについて考察してみよう。

保守派の躍進

保守主義という1つの政治思想カテゴリとして考えたとき、ネオコンにしても保守主義にしてもそうだが思想がいくつも存在しているという時点で、まとまりがないと言う印象を受けるかもしれない。だが根本的に考えている原理が異なっているため、どうしても共通概念を共有することはできないだろうとも見ることが出来る。難しい事のようにも思えた溝もあるきっかけを境にしてまとまりを持たせることが出来るようになった。それは1955年に刊行された『ナショナル・レビュー』という雑誌の存在だ。

たかが雑誌、されど雑誌といったところか、この紙面に記載されている内容には伝統的な保守派について書かれているのではなく、元左翼として活動していた人間をピックアップしたことによって、新保守主義をスローガンとしている人々の意識を傾倒させることに成功する。では何をどうしたら分裂して和解の和の字さえなかった他思想の人々の心を動かしたのかというと、それはリベラリズムが障害となっていたと説いたのだ。実際、雑誌に記載された分として次のような物がある。

リベラリズムは反共主義者の嫌う共産主義を容認し、
リベラリズムは伝統主義者の嫌う伝統の破壊者であり、
リベラリズムはリバタリアニズムの嫌う大きな政府の支持者である。

こうした定義を掲載したことでそれまで決して分かりあうことの無かった保守主義者たちが合同するという事に成功し、その後1960年代のアメリカ保守主義運動と連動しつつ、新しくも1つの潮流を生み出すことに成功した。

また1964年にバリー・ゴールドウォーターの演説もまた保守党としても賛同の意を見せるようになり、その時の演説によって次代のアメリカ政権に大きな影響を与えることになる。

注意点として
ここで一つ、注意点を述べておく。先ほどにも述べたネオコンとして活動している人々が共和党として活動していた、といったような見方が出来るかもしれない。共和党が保守派を利用しているように見られがちだが、図式は全く逆で保守派が共和党を利用していたという歴史的事実を見ない不利にすることはできないので要注意だ。いつしか共和党は保守派に利用されるようになると、共和党内部でも保守化が進行したことによって、やがて来るレーガン政権・現代のブッシュ政権まで派生することになる。

保守主義者の軍事・外交政策について

新保守主義者として活動している政治活動の目的としては『自由主義を世界に広めること』・『民主化を理想とする』、といった信念を元にして活動している。またこれらを完遂するためには軍事力を行使することも厭わないとする『新現実主義路線』とも言われている。活動の目的でもある自由民主主義については『人類普遍の価値観』であるとも述べており、啓蒙と拡大についても努めているが、それに伴って戦時力を利用した外交政策によって、本当の意味で民主主義というものが導かれるのだろうかなどの問題もあるため、簡単に結論付けることはできないだろう。

良いことを言っているように見える新保守主義のありようだが、正直なところこれには関心を寄せる事はあっても、中々民意を集めるという意味では難しいだろう。最終的に戦争をして勝てばそれで正義が証明される、筆者にはそう取れるような気がするからだ。アメリカのこうした保守主義を重要視した外交政策については、度々議論を集めることになり、また国内でも新保守主義が敵視している組織も多く存在しているため、彼らの敵となる存在は山ほどいる事は思想が誕生した頃からあまり状況は一転していなさそうだ。

CIAと険悪らしい
噂話程度でしかないが、保守主義者たちにとってCIAという存在は目の上のたんこぶといった存在にいるようだ。どういうことなのかというと、CIAがかつて反共和党を掲げて、腐敗して行く独裁政権や軍事政権に対して援助を続けていたために反感を持っていたとする動きもあったという。この話も定かではないが、保守主義とCIAの両間において良好な関係が形成されることは中々難しいようだ。