保守主義と自由主義

保守主義と自由主義

新保守主義とは

通称ネオコンと呼ばれている

時代が現在へと近づいていくたびに政治思想もその時々によって変化をきたすことになる。特有の思想もある一定の改革を求めて、そしてそれらが更に進化した姿となるといったこともある。保守主義もそうだ、時代の申し子たちによって保守主義というものが変遷して行くことになる中で、1980年代において保守主義としてではなく、新しい考え方がこの時より生まれることになる。それは『新保守主義』というモノであり、ネオコンサバティズム、通称ネオコンという風に呼ばれている。本格的に新保守主義を信念とする政治家が出てくるのはこの頃ですが、原点としては1950年代のイギリスの保守党がその代表的な新保守主義を貫いたと言われている。

新保守主義という言葉を用いるとややこしくなると感じている人もいるので補足すると、現在の日本において新保守主義と保守主義は使い方を分けている。新保守主義は新しく台頭したということで、かつての『保守主義としての扱い』となり、保守主義はネオコンなる物が登場したことによって、『それまで伝統主義と評されていた概念を含んだということで保守主義として定義された』、と固定されるというのだ。つまり、今の日本で新保守主義と保守主義を同一のものとして扱っているとどちらの思想を重視しているのか分からないと、そんなことをいわれかねないという危険性が生まれることになる。

ただ日本ではまだ新保守主義と評される人々は世界基準で言えば生易しい、そう表現することが出来る。というのも西欧方面における新保守主義として活動している人々が、言うなれば喧嘩上等、独裁政権をしている国なんてぶっ潰してしまえばいいんだと、少し荒っぽい表現をしてしまったが過激な思想を持っている人々の事を指すことになる。

その一方で英米などにおいての新保守主義とは、経済面では日本の上を行く自由経済を推進しているが、キリスト教としての伝統を慮っているという意味で、道徳的理念を重視する傾向が非常に強いことも有名でもある。

新保守主義という理念

ではそんな新保守主義という思想の特徴をもう少し詳しく見ていこう。新保守主義とは簡単に言えば戦後において推奨されてきた自由主義へになるのだが、もっと平たく言うとその自由主義をものすごく詳細に細かく区分分けすることによって、全体的な国家の運営の軌道を載せることが出来ると考えられている思想ということになる。例を挙げて説明すると、分かりやすいのは自治体などによってそれぞれの地域運用を行なうことになる小さな政府という考え方が一番分かりやすいだろう。

こうしたところを見るとより国民に対して自由に経済活動を行なってもいいよといっているように見えるが、それはそれで話がまた異なり、新保守主義とは自由至上主義という考え方とはまた次元の異なる概念となっている。ここのところが少し判りにくい部分でもあるかと思う、自由すぎてもしょうがないので多少の束縛はするして行くからよろしくねということだ。

新保守主義という考え方についての反対勢力というのもある、その代表的な思想として社会主義といった全体としてまとまって活動して行く事を主とし、個人の意志による活動を制限する考えを持つ事は禁止している思想などが新保守主義の対抗勢力でもある。これまでは保守主義という言葉を利用した場合においては伝統などのそれまで固辞していた古典的な部分を破壊することを意味していたが、ネオコンなる物が誕生したことによって、それまでの保守主義に見られたような革新的な活動を行っていくべきだとするのではなく、新保守主義は自由は上げることは出来ても、ある程度制約を加えることになるという意味に繋がることになるので、ここのところをキチンと区別して思想を理解すれば政治も少しは面白くなるかもしれない。

新保守主義がもたらした結果

こうして新保守主義について話をしてみると一見して言いように聞こえてくるが、しいて言うと自分でしたことはキチンと自分たちで責任を取るようにしてくださいねと、そんなことを言わんばかりのことを提示しているようにも聞こえてくる。事実、現在新保守主義なる言葉を使うものなら、それに対して異常なほどの拒否反応を示してしまう人の数が結構多いからだ。日本でもそうだ、この新保守主義として代表的な思想を持ってして政策に励んでいた首相の代表格としては『中曽根康弘』・『小泉純一郎』という2人を上げることが出来る。

この二人の名を聞いてろくな思い出がないという苦渋を思い出す人もいるかもしれない。筆者は中曽根政権の時代を生きていたわけではないのでその当時の状況は文献でのみ知ることが出来るが、小泉政権時においての影響を現在まで蒙るようなことになっているので、何となくは理解できる。昭和後期頃に誕生した新しい政治思想概念であることに間違いはないが、このネオコンを推奨した政治家達の思惑のせいで自分達の生活が余計苦しめられるようになったとする思い出を持っている人が多すぎてしまい、この話をする際にはそれなりに配慮しながら話をしていかなければならない。

問題として語る事は山ほど、尽きることもないその止まらない情動を押さえながら話を進めていくにしても背景などを鑑みて、事案をややこしくしないようにすることも必要になってくるので、新保守主義が本当に誕生してよかったと、心の底から思える人はほとんどいないのかもしれない。